豪雨と増水 愛知厚顔 70代 元会社員 2003/6/16投稿 | ||
鈴鹿の山は花崗岩地質が多い。 真っ白な岩や砂が青い淵と入り混じる渓谷。力強い大岩壁、ガレ場、瀑布、どれも花崗岩美の極みである。 しかしこれは雨には弱い。花崗岩は雨水をほとんど通さない。と言うより、この土壌は表土がほんの少しであり、それを少し掘り下げれば砂地、あるいは堅い岩盤が現れる。 この地質は非常にもろい。長年の風雨に風化した花崗岩は、手に触れただけでも、ボロボロと崩れるしヒビ割れしていく。 雨が降っても保水能力が少ないのだ。山頂から見えるガレ場、ザレ場は表土を雨が洗い流した跡である。 雨が降り出すと水はすぐ地表から沢に流れ出てしまうので、急に沢水が増水するし、小止みになるとウソのようにすぐ水が引いてしまう。このことを知って入山しないと、思いがけなく危険な目に逢う。渓谷などにキャンプするとき、テントを張る位置をよく選ぶことである。 就寝中に降った雨でいつの間にか沢が増水し、テントごと流されたり向こう 岸に取り残されたりした話はよく聞く。かって宮妻渓谷でテントで寝ていたアベックが、夜中の急な増水に気がついたときは手遅れだった。救出の人たちの見ている前で濁流に流された。遺体が発見されたのはずっと下流の橋桁だった。それも全身の骨がバラバラに折れていたそうだ。 神奈川県丹沢湖に流入する玄倉川の氾濫で、十八人が犠牲になった事故はよく知られているが、ここ鈴鹿でもこれに類する危険が、いっぱいあることを知っておくべきである。 この鈴鹿のもう一つ、特有の集中豪雨がある。梅雨と夏期、それも土用の頃から九月始めにかけて多い。太平洋高気圧の縁に沿って南の方から吹き上がってくる風に乗り、湿った雲の塊がいくつもいくもやってくる。伊勢湾を渡り、伊勢平野を横断する頃までは、晴れたり曇ったりの天候だが、山にぶつかると猛烈な雨を降らせる。 つぎつぎと雨を降らせた雲は、身軽になって山腹を駈け上がり、滋賀県側に抜けていく。このため仙ケ岳、鎌ケ岳、雲母峰、御在所岳、釈迦ケ岳にかけて局地的豪雨になってしまう。 ところがそこは花崗岩地質である。またたく間にもの凄い奔流が沢を流れ下り、岩も樹木も押し流していく。 数年前、愛知川を遡行中にこの豪雨にやられた。 すざまじい泥流が前後を挟み進退極まったが、すぐに小止みになって水が引いたのでホッとしたのを覚えている。ある年の七月末、名古屋は何でもない天候なのに、御在所岳の中腹では猛烈な雨だった。ちょうど裏道から国見岳を目指していたが、あの蒼滝がまったくもの凄い水量だった。 滝身がはるかに離れた茶店のあたりまで飛沫を飛ばす有様。その音もすさまじく硬い岩壁や滝壷も、本当に砕けるかと思ったほどである。 ウサギの耳のあたりも、普段ならばテント場は大きい岩や砂地の場所なのに広い谷の岸から岸までいっぱいに水が溢れ、その中に岩の頭が点々と浮かんでいる。ごうごうと流れる濁水は奔流となり、一気に湯ノ山温泉あたりまで落ちてゆく。転落の恐怖を本気で感じたのだった。 あとで判ったが、このときの雨で藤内沢のテスト岩が数十米も押し流されたし、本谷もまったく谷相がおだやかに変貌してしまった。愛知川でも溢れた水が天狗滝、大瀞などの狭い岩壁にぶつかり、天と地がひっくり返るほどの大奔流となったとのことである。 |
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