東海道の昔の話(147)
   関観音山歌会考 愛知厚顔  2005/11/12 投稿
 

「関観音山」
  
     『本日は大変よい天気に恵まれました。ついせんだって
   まで、冬の名残りを詠んでいたのに、もう春がすぐ
   そこですね。皆様もお忙しいところ、この歌会にご
   賛同給わり恐縮です。私はこの関宿の新所町に住む
   服部吉衛門です。号は保行を名乗ってます。
   本日の歌会の司会を務めさせて頂きますので、
   どうぞよろしくお願い申し上げます。なお石薬師宿の
   佐々木弘綱先生も、やがてお見えになると思いますが、
   それまでに先生のお褒めを頂けるような歌を詠んで
   おきましょう。またこの関観音山に席を設けて頂いた
   のは、そこの市川伝兵衛さん、号は保重さんです。
   ありがとうございました。』
保行『ではさっそく歌会に入りましょう。前もってお知らせ
   しましたが、季題は「梅」でしたね。手初めに私から
      日影さす梢の露やぬるむかた
            枝より先かおる梅かが  』
元信『野村宗兵衛と申します。中町に住んでおり
   号は元信です。保行さんのいまの歌は一番早くに
   この山に登ってこられた、保行さんならではの歌
   ですね。朝早いうちは寒いのですが、だんだんと
   太陽が昇ってくると、露で濡れていた梢も温み、
   やがてどこからともなく、梅の香りも漂いはじ
   める。まさにこの歌は今朝のこの山の情景だと思いますね。』
保行『そうそう今朝は私が一番早く登ってこの歌を詠み
   ました。元信さんもご披露ください。』
元信『では愚作をひとつ
     はつかなる露の恵みに花の紐
         春日にうけて梅ぞ匂える 』
素行『なるほど…。太陽が昇ってくると露も暖められ、
   梅が匂ってくる。露の恵みに花の紐、この表現が
   秀逸ですね。はじめまして私は古厩の木崎太三郎、
   号は素行です。よろしく、では私の歌を披露し
   ます。
      今朝見れば日影のどかに置露の
          恵みにひらく梅の初花
   お恥ずかしいです。』
保重『いやいや、そういえば素行さんの近くに倭姫の遺跡が
   あって梅の木もありましたね。あの梅もいま初花のとき
   でしょうか…、寒い朝はなんとなく外に出るのも億劫で
   すが、今朝はこの暖かさに誘われて、ふっと外に出
   てみました。そしてふと見れば咲きはじめた梅の花びら
   にも、朝露がまだ乾かずに少し残っている。
    本格的な春ももうすぐそこ…、情緒が見える歌ですね。
    いつもご一緒させて頂く野崎の市川伝兵衛と申します。
   号は保重です。本日はこの観音山の席を準備させて
   頂きました。好天に恵まれなによりです。
   初めてお目にかかる方がたどうぞ御見知りおきください。
   では拙歌を
      春もやや長閑になりて置露の
         ぬるむや梅の開くこそすれ
   我れながらいつも同じような愚作ですね。』 
収収『私は川合村の井上純蔵です。
   さきほどからの皆さまの歌に感心しております。
   どの方もこの春の季を的確にとらえて詠まれている…。
    保重さんの歌も、のどかにきらめく陽光が朝露を溶かし
   ひとつふたつと梅の花も開きはじめた…。的確な描写と
   思いますね。私などとうていこうはいきませんが、恥を
   忍んでご披露させていただきます。
      朝日さす梢の露の打ちとけて  
          露寒からぬ梅のはつ花
   いかがでしょうか…、皆様の遠慮のないご批評を給わり
   たいです。』
保重『なんとご謙遜なことを…、井上さんもやはり今朝の暖かさ
   につい早く外に出られたんですね。そしてふと梅の小枝を
   を見とれたところ、陽光はすでに露を消し去っている…、
   そこには梅の花が一輪、二輪と咲きはじめた。待ちに待った
   春の到来です。この歌に希望の春の喜びが溢れていると
   感じますよ。』
収収『過分なお言葉恐れいります。私の場合いつも同じような
   歌心が禍いして、いっこうにこれといった表現ができません。
   上手く歌おうとする気負いが返って愚作になってしまうよう
   です。』
保行『収収の井上さんの歌への思い入れは、ここにいる我われ
   みんなも同じと思いますね。誰も自分の作が傑作だとは
   思ってません。なんとか率直に感じたままをまずは歌に
   詠み込む…、ここから出発していけばだんだんと人の心に
   染み込む和歌になると思うのですが、まずは素直に
   情景を表現すればよいと思うのですよ。
    ああ、石薬師宿の佐々木弘綱先生がお見えになりました。
   よい機会ですから、本日は先生から和歌を詠む心構えな
   ど、ゆっくり伺おうではありませんか。』
「観音山の村上作地蔵尊」

参考文献  弘化四年「天満宮奉納和歌考」 

 
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