東海道の昔の話(83)
 大黒屋光太夫との対話 4  愛知厚顔   2004/6/15 投稿
     
 【ドイツにある遺品】

厚顔  『ドイツのゲッティンゲン大学には貴方の遺品、
     「花系図都鑑」「花系図都鑑」という浄瑠璃本が
     所蔵されていますね。』
光太夫 『はい。これは漂流中もロシアにきてからも、ずっと
     持ち歩いていたものです。かなり無聊を慰めてくれ
     ました。帰国の際ペテルブルグの友人に贈ったはずで
     すが…よく残っていましたね。』
厚顔  『浄瑠璃本の表紙に、貴方が遭難以前に回船で江戸に送
     ったメモ書きがあります。学者の研究でこれは積荷の
     反物に関するものと判明しました。』
光太夫 『それらは私が江戸への航海前に輸送した木綿に関する
     ものでしょう。また積荷の中で自分が扱った分量の
     メモだと思います。』
厚顔  『ゲッティンゲン大学が目録に載せた解説では、
     難破してカムチヤツカに流された日本人ダイコクヤは、
     コーダユー生まれであるが、一七九一年に、この本を
     ペテルブルクに持ってきた。彼は自分の名前をこの本
     にロシア語で書いた。この本には何編かの喜劇が入っ
     ているということだ。と解説されてますよ。』


光太夫 『それは私の遺品を自分の母校のゲッティンゲン大学に
     送ったアッシュというドイツ人が書いたと聞いていま
     す。彼はドイツ人だがペテルブルクに生まれ、のちに
     はロシア帝国の軍医及び枢密顧問官になり、同地
     で亡くなりました。』
厚顔  『このアッシュはロシア帝国の陸軍軍医総監にまで出世
     してますね。彼は民俗資料に興味を持ち、各地の史料
     を集めては母校の大学に送ってました。彼が送った
     資料は大切に保管され、いまもゲッティンゲン大学
     図書館の基礎をなす資料となっています。』
光太夫 『私がペテルブルクにいた当時、アッシュも
     ペテルブルクにいたらしく、六十三歳ぐらいでした
     か。私も彼と会っているはずですが…。
     よく覚えていません。』
厚顔  『コーダユー生まれのダイコクヤとは変な解説です
     ね。』
光太夫 『彼は私のことをその程度しか知らなかったと恩いま
     す。』
厚顔  『また最近の研究では貴方は三十二歳の若さで沖船頭に
     抜擢されましたね。これは船主の一見勘左衛門に相当
     信頼を得ていた証拠ですね。』
光太夫 『ところが地元の作家Kが書いた本の中で、この船主の
     恩人を三つの名前を使い分ける強欲な人間とし、亀山
     に住んでいたとあります。私が無事帰国したことを知
     り、沈没した自分の持ち船の神昌丸の損害賠償を私に
     求めたと、さも事実のように書かれています。
     これは私も恩人の船主も相当頭にきていますよ。』
厚顔  『はっきりした史実があっても、作家はそう書くんです
     かね。ところで最近、貴方の自筆の署名が入った
     肖像画と書が、ゲッティンゲン大学の所蔵品の中から
     発見されました。』
     
 
光太夫 『それはたぶんジーファースというドイツ人のサイン帳
     です。私がイルクーツクでに着いて二年目にでした。
     漢字に読み方がドイツ語のアルファベットで添え書き
     しました。ドイツ語風に読むと仮名書きのように読め
     ます。』
光太夫 『私はその後、エカチェリーナ二世に帰国許可を受ける
     ため。ペテルブルクにキリル・ラックスマンと一緒に
     行きました。女帝の帰国許可を得て、イルクーツクに
     一七九二年一月に戻ってきました。その五月二十日に
     イルクーツクを発ち帰国の旅に出ました。五月十日の
     日付の肖像画はその二度目のイルクーツク通過のとき
     に描いたものです。』
厚顔  『実に慌しいときですね。ジーフアースの書き込みは
     「私の友人コーダユーは日本人船長であるが、再び
      日本に向けて旅立って行った。
           一七九二年五月十日 」
     ジーフアースは北ドイツの生まれです。
     彼もエカチェリーナ二世に仕える学者でした。』
光太夫 『彼は何かほかにも書きとめていたそうですね。』
厚顔  『はい。キリル・ラックスマンはこのあと一七九五年に
     西シベリアで病に倒れ亡くなられました。未亡人
     と子供が残されたと書かれています。
     アッシュのコレクションには、まだ貴方の遺品が
     あるかも知れませんね。』

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